切迫早産から5年。今振り返るあの時②


この時期が来るといつも思い出す。切迫早産という初めての単語を聞いてから5年。振り返るとあっという間の出来事だったが、本当に無事によく生まれてきてくれたなと毎年感謝している。個人のブログにその当時記録していた不安との戦いの日々を今一度改めて振り返りたいと思う。また妻も状況を逐一iPhoneのメモ帳に残していたので、合せて振り返りたい。

今回はそのパート2をお届けする。

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2歳3ヶ月の娘と突然の2人での無期限生活!

朝方の4時半に帰宅し、3時間弱の睡眠の後起床。

一気に現実に襲われつつやることはしないといけない

  • 妻の実家へ連絡
  • 溜まっている洗濯をする
  • 洗い物やゴミ捨て
  • 冷蔵庫の中身の処分(賞味期限確認)
  • 入院に必要なものの準備

娘はよその家で泊まるのは初めてであったが、というか起きたらおばぁちゃんちだったということにはそれほど戸惑ってなかったようで一安心。

娘が理解していく現実

この日は実家にお昼ご飯・晩御飯ともお世話になり、お昼から娘連れて病院へ。病院の雰囲気に戸惑う娘現実を理解し始める娘。帰り際から号泣し。明日帰ってくる、すぐ帰ってくる、何を言っても嘘になる。お父さんもお母さんも娘も我慢・我慢・我慢と言い聞かせる。

その日の実家での晩ご飯は、さすがに喉を通らない娘。

お母さんは?お母さんは?と問いかけられるのが辛い。

布団を敷く時も、お風呂を上がるときも、お母さんは?と聞かれる。

この日は初めてすんなり寝かしつけに成功した日でもある。

あなたならどうする?

連休も終わるため、明日からの平日をどうするかが問題。このような状況の中、ずっと娘を実家に預けておくという選択肢もあったが、私はなるべく娘の側にいてあげることを選択。

私が選んだ選択

  • いつもより早く起き、家や風呂の掃除を出勤前に済ませる。
  • 簡単な朝ごはんを作り、一緒に食べる。
  • 通勤時に娘を実家に預ける。実家にお昼の弁当を作ってもらいその時もらう。
  • お昼は実家にお願いする。
  • 仕事を早く切り上げ、実家に迎えに行き、そのまま一緒に晩御飯を食べて一緒に家に帰る。
  • 家でお風呂に入り、洗濯を回し、寝かしつける。

実家に一緒に泊まればいいのにと周りの人にも言われたけど、妻も頑張っているのにそんなに甘えてばっかりではいけないと思いこの選択をした。逆に今思えば娘との距離がぐっと縮まった期間でもあったと思う。夜もいつ病院から連絡が来るかわからないから禁酒。

実家でも家に帰ってもお母さんは?と聞かれる日々が続く。

「次、お母さんが帰ってくるときは赤ちゃんと一緒やでぇ!楽しみやなぁ!」とポジティブに娘を励ます。「もうすぐ?もうすぐ?」と聞かれるがすぐに出てきてもらっても困る(笑)

ゴールの見えない時間が始まる。

パート③へ続く。